でも、予想以上に影響を受けていて、今は「自分探し」をしてたり...
大抵の人は、生まれてからずっと他人、特に子供時代は親からの影響を受けながら、時には自分が「生きる」手段としてその正否など熟慮することもなく「素の自分」を自ら封じ込み続けることで今に至っている..
まぁ、こんな話からの影響・・・
読み終えたら、またこのブログに書こうと思ってます..
して、幼少時まで遡って記憶のある限りではあるけど、たとえば親のどんな言動や行動を自分がどう受け止め、そしてどのように自分を変えようとしたのかなどをあらったりもしてるのです...
しかし... そこでふと疑問に...
「そもそも「素」の自分って何?」ということ...
生善説とか生悪説とか...
生悪説ならば生まれもって個性を有しているのだからそれが「素」なのかもですが、生善説ならそもそも何も無いワケで... なんていう、極当たり前的単純ポイントに突き当たって情けなくも完全に?状態...
「三つ子の魂百まで」の言葉通りとすれば、とにかく3歳までに形成されたモノが「素」の自分なんだとは思いはしますが...
まぁ、それはともかく、「素」であろう自分を見つける手段として、暇というワケでもないのですが、最近は、他人様の反応を観察することで自分の気づかない個性を探り、それを受け入れ、相手を思うことで何がどう変わるのかを実験してます...
「結構... 変わるものですよ」 というのが今の実感...
そんな中、思春期であったのであろう、多感故、最も思い出の多い中学生時代を回想していた際、そう言えばと、見たくてどうしようもなかったTV番組のひとつ、親に隠れるようにこっそり起き出して毎回ドキドキもんで見ていた「G men 75」が懐かしくなって...
いつも大抵はどんでん返しが待っているエンディングテーマの直前が大好きで...
祖父母とも同居していない息の詰まるような4人家族の中で、必死に両親に反抗し続けながらも、やがて父母ともただのひとりの男と女なんだという結論に行き着くまでが大変だったあの頃...
「反抗」という手段で「自分を保とうと必死」だった頃の自分の方が今より断然輝いてたんじゃないかなと思うのです..
そして、半世紀も生きた今は「反抗」ではなく「受け入れる」という、手段を変えることで、今度こそ「自分らしく生きる」ことを目指そうとしてます..
なんてね...
余りにも古い映像なんでついでにこれも...